廃墟のある風景
つい最近、恐ろしいものを見た。
ここに、それを出来る限り克明に記しておく。
いつか自分は作品の中でこの体験を再現するだろう。その為にも。
恋人と共に、とある臨海の観光地を訪ねたときのこと。
僕たちは昼前から港〜街中〜住宅街〜梅園と巡り、午後遅くなってホテルへと帰途に着いていた。
テクテクと坂を下って海沿いのホテルを目指す。心地よい脚の疲れ。皮膜のように自分たちを包む共同意識。薄曇りの天候のために風景には影が無く、はっきりとしたコントラストを欠いた景色の中、歩いた。
外部からの刺激に対して無防備な精神状態だったかも知れない。
そんなときに見たからこそ、それは僕(たち)に強い衝撃を与えた。
駅を過ぎ、商店街を抜け、海へと下る一番傾斜のきつい街路を歩く。
昼の内にだいぶ歩いていたお陰で土地勘というのか方向感覚が身についており、近道と思われるコンクリートの石段を選んだ。左右には高いホテルが聳えているものの、道幅自体がそう狭くないので閉塞感は無い。ただ、見下ろした地面も見上げる空も同じ灰色で、一辺当な色彩に少しだけ不安は感じた。
そうして降りていると、長い石段の中程、左側に寄って、半透明のビニール袋が放置してあった。
半透明なので勿論中身はわからない。
大きさは…そう、大人一人が膝を抱えて座った位か。
近づくに連れ、中身の形や色が段々と具体性を持ってくる。
それまでも、その日も、恋人を笑わせることに強い喜びを感じていた僕は、そのとき袋を見て想起した内容を「滑稽で愉快だ」と感じ、そのまま口に出した。
「ねえ、あの袋の中身、波平入ってるみたいじゃない?」
一瞬置いて、恋人が僕の袖を強く引いて、その袋から引き離した。
少し咎めるような口調で、小さく叫ぶ。
「あれ、本当に人だよ!」
きっとその時、僕は強く眉根を寄せただろう。
思いのよらぬ処で聞いた、恋人の強い口調。
そして、その袋の中身が人であるなら、何故。
こんな場所に。
ビニール袋を被って。
身じろぎもせず。
僕たちが喋っている内容を咎めるでもなく。
じっと、身を潜めているのか?
…何故?
「いや…作り物でしょう」
「絶対本物だよ!あの髪の毛が肌に張り付いている感じ…」
理解できない行動。不確かな存在感。異様なまでに景色に溶け込んだその風情。
自分が恐ろしいと思う要素をここまで備えた「存在」、本当に久しぶりに…
いや、ここまでのモノは本当に初めてかもしれない。
勿論、その中身を確かめるなどということはしなかった。
それどころか、立ち止まることさえ出来なかった。
その脇を通り過ぎ、後ろから見上げたとき、袋の足元に薄い古布が敷いてあるのが見えた。
作り物であるといい。
こうしている今でも、強くそう思う。
あんなに「遊離した」ものが人間であるということを、認めたくない。
本当に、恐ろしい。