二度と明けない夜(もしくは、白けた昼間)

hellbeyond2011-06-17

 リー+カッシング主演の『デビル・ナイト』('72)を観る。原題は『Nothing but the night』。「真の暗黒」とでも訳すか。
 本作のビデオは確か大学一年当時、湘南台の安売王で購入したもの。手に入れてすぐに鑑賞の機会があったが、開巻20分ほどで淡白な語り口に眠気が襲い、停止ボタン+睡眠という顛末を辿ったのだった。それ以来このビデオのジャケットはビデオ棚の「観てない作品ゾーン」の古株として居座り続け、購入後今日までの10数年間を評価保留のまま何となく過ごしてきた。


 結末を某雑誌で知っていたとしても、テンポ感を取り戻した後半は快適に鑑賞することができる、いかにも原作ありなスマートな怪奇映画であった。余計な科学的・心理的説明描写に時間を割かず、動的な物語運びであったのも良い。但し物語上最も大きな驚きを観客にもたらすべきラストの種明かしを「核心」では無い場所で、言葉によって説明してしまったのは大きなマイナス。この辺り原作の描写を忠実になぞってしまった感がある(読んでないが)。
 リーとカッシングが組んで捜査に当たる珍しい展開もあり、これさえなければ二人の信奉者には「名作」と呼ばれたのだろう。残念なことだ。


 本作を購入したショップについて少し。
 小田急湘南台駅から長後方面に300メートルほど直進したところにビデオ安売王がある。
 当時の安売王チェーンといえば本社が倒産し、各ショップは店名を変える/店を畳むといった選択に迫られていた頃である。湘南台店は店名を変えずに個人店として経営を続けた珍しい例。
 ちなみに各店舗では毎月高値で強制的に仕入れさせられていた商品が来なくなり、この後は急速に各店長の意向で売り場の個性化が進んでいくことになる。一般商品に関しては結局よほど映画への愛着が無い限り新商品の仕入れはなくなり、売れ残りビデオの背は焼け続け、結局ポスターなどの裏にひっそりと死に体を晒していくのであった。
 あの安売王独特の淀んだ空気感(多くの場合アダルトコーナーから洩れ聞こえるAVの音声がそれをゆっくりとかき混ぜている)の中に静かに佇む湘南台店の名作中心のラインナップは高校生時代の自分には興味のないものだった。
 当時、自分のお気に入り作品が80年代以降に集中していたこともあり、リーやカッシングの名前は寧ろ敬遠すべきアイコンであったのだ。
 が、大学生となって徐々に70年代の作品にも手を出し始めた自分にとって、湘南台店は突然に輝き始めたのだった。
(これには、高校三年当時新宿の「ビデオマーケット」に赴き、一部の中古ビデオの高値に驚愕したことも影響している)
 しかし安売王の一般商品は1980円と2980円が中心。980円の商品もあるにはあったが、トロマ系や無数に在庫がダブっているものなど、中古ビデオ行脚の中で嫌気が差すほど目にしてきたものばかりであった。
 ちなみに今でもあの緑字で大きく値段が書かれた値札(ジャケットの裏に貼ってあった)の貼られたビデオを中古店の100円投げ売りコーナーで見かけることがある。次あたりどこかで発見したら、一枚取っておこうかと思う。
 閑話休題
 この店で購入したタイトルといえば『マッドハウス』『残虐!狂宴の館』『激惨!血に飢えた館』など。他にも『ザ・シャウト』など全体的にグッド・オールドな作品が棚を占めており、現在は一般商品を一掃してしまったことが本当に残念である。
 今でも自分は地方を回って中古ビデオ屋を訪ねるということを続けているが、並んだショップ名の中に「ビデオ安売王」の名前が含まれていると、ふっと思い出す。
 手が出ない値段の、しかしいつかは自室に並べたいビデオが並んだ棚に囲まれ、じっとそれらジャケットを見つめていた感覚を。
 DVDもまだ無くVHSが全盛だった頃、映画を手に入れる手段は中古ビデオ購入しかなかった。現在はDVDやブルーレイのメニューに含まれた詳細な映像特典や情報収集の容易化によって、映画と自分の距離がいやに近くなってしまったのだ。
 本当は埋めようが無いはずの時間的距離感。
 純粋に映画を鑑賞している時間の周囲を埋めていた様々な記憶。


 僕たちは、本当に大事なものを失ったのだなあ。