Running in Twilightzone

hellbeyond2005-01-26

で、2年ほど前の話である。


東映アニメーションに何時の間にか入社していた自分は(主体性なく就活してたからなあ…今思うとアニメって選択肢は、実写の現場に体当たりでぶつかってって、自分が自主映画でやってたことを否定されたらどうしようっていう後ろ向きな心配が選ばせたのだな)、『劇場版キン肉マン2世』なんていう全く思い入れの無い作品に配属され、鈍感に何となーく全ての仕事をこなしていた。
恐ろしく商業主義なその生産ラインの有り様を目の当たりにした自分は、「仕事」と今までやっていた「作品作り」にライン引きをすることで、精神の平衡を保っていたと思う。
ま、それはそれで穏やかな日々になるはずだったのだが、上についた演出助手がいけなかった。まず会社に出てくるのが遅い。スタッフルーム全体の始業が遅かったのでそれはそれでいいのだけど、当たり前のようにその分帰りが遅くなる。しかも入ったら入ったで仕事をしない。まずコーヒーを飲む。で、買ってきた漫画を読んだり、買ってきたDVDのジャケットを十分に鑑賞。やっと机に向かったと思ったらネットか(大抵2ch)DVD鑑賞。そんなだから帰るのは朝の4時とか。しかも悪いことに、自分がいかに早く入って仕事をこなそうが、上にいる彼が帰らないことには帰れないのだ。そんなの無視して帰ればイイじゃん、と思うかもしれない。自分も最初はそう思った。で帰ろうとした。すると声が。「(PCから顔を上げて)…どこいくの?」「いや、帰ります」「俺、まだ終わってないんだけど」「は?…俺、後の仕事は明日でも出来るんで」「えっ…帰ってなにやるのさ」「…!?いや…色々ですけど」「あっそ…ふーーーん…(PCに埋没)」で翌日には(ここが嫌らしい)、「ああいうの、止めた方がいいよ。上の人間が残ってたら、残るのが普通だよ。俺が助手の頃はさ…(以下省略)」こんななんである。
隣の部屋でデジモンやってる同期入社の同級生は終電に間に合う時間に帰ってるのだ。
これに加えて、彼は友人が少ないので夕食を一緒にとりたがる。楽しい夕餉になるわけはないので隣部屋の友人といこうとすると、これまた後が怖い。何せ私は彼からアニメーションの技術を学ばなければいけないのだ。
この時期にスタッフルームでひとりDISKMANでもって聴いてて涙が出た曲の歌詞。
「知らないことが多すぎるから 僕らは自由 何時の間にか晴れた空を 飽きもせず見上げる」

そんな状況だったので、彼の目を盗んでスタッフルームを脱出し、例えば午前3時とかに退社できた日などは大抵自転車で飯能、清瀬、新座、小金井、田無、練馬といった辺りまで足をのばした(前置きが長くなった)。
余りにスタッフルームが気詰まりすぎて、自由な時間まで室内に居たくなかったのだ。いきおいこの時期はあまり映画も観なかった。
外を走るといっても、時間も時間なのでビデオショップや古本屋などは大体閉まっている。坂もなく、嫌にカーブだけは多い住宅街(近付く車の存在が、先の曲り角あたりの路面にヘッドライトの作るグラデーションで判る)、道端に突然現れる大樹(武蔵野という言葉はとても好きだ)、地元にはない大きな街道に煌々と照る背の高いオレンジの街灯、実は多い野原や空き地、どこまで走っても目の前にあるのは手の届く風景だ。坂がないと書いたが、それは見通しが悪く、俯瞰出来る広い風景がないことを意味する。無意識に自分が地元・藤沢で享受していたものを、そこで自覚させられた。
とはいえ自分が自転車で走るのを好むのは、まだ一度も見たことの無い景色、行ったことの無い場所を「発見」するのが単純に好きだったからだ。
今はどうともない部屋の近所の道も、10m進む度に辺りを確かめたり、少しでも街灯の本数が減れば進むのを躊躇うような未知の「風景」として、とても鋭いコントラストでもって記憶している。
概論すればこの時期の自転車走行はとても楽しいものだった。
また今気付いたが、それらを今思い出してみると、その風景に聴覚の記憶がぽっかり抜け落ちている。これはヘッドフォンで音楽を聴いていたからだろう。大概飛ばして走っていたので、向い風のせいだったかもしれない。
今現在のように、見知った道として弛緩した意識で走っているために「記憶しない」のとは全くもって意味が異なる。


今現在の僕が自転車で走ってもあの頃ほどの開放感を感じないのは、それほどの強制的な閉塞感を味わっていないからだろうか。それとも既に行動半径に見知らぬ風景が無くなったからか。車の運転が出来る人と付き合ったことで、感覚として「行き切った」からか?
それにしても、この自転車走行への情熱の変遷と最近の生活における危機感の無さとは直結している気がする。
また見知らぬ道を探して走ることを始めてみようか。
迷って帰りが明け方になったり、同じ夜に同じ警察官に呼び止められたりする危険を冒して?


…それは短絡的だろうか?