ニューオーリンズ・ドライブ

hellbeyond2005-09-04

今夜は空が嫌にネオンに染まっている。そう思った時点で引き返すだけの判断力を持たなかったことを後悔しながら、私は今日初めて通り掛かった「蕨市役所」の入り口の屋根の下で腰に手をやった。
その染まった空が示す所は分厚く育った雨雲の存在であり、それを運んできた台風の接近であったのだ。風雨は待つ内に弱まるどころか徐々に強まり、初めは自転車置場のトタン屋根の下に居場所を求めた私を、より大きな屋根を持つこの場所まで走らせた。


この予報を私が知らなかったのは最近自分がとみにTVを疎むようになっていたせいであり、「お前のような職業の者は、テレビくらい観たほうがよい」という友人の発言が形はどうあれ肯定されてしまった悔しさに、私は何回目かのため息を吐いた。
この建物は入り口すぐに警備員室がしつらえてあり、十五分程前に顔を出して私と当たり障りない会話を交わした老警備員も今は自動ドアの奥に引っ込んで見えなくなってしまった。酷い雨のためにほぼ用を為さないビニール傘を前に掲げて家路を急ぐ人々を恨めしく睨み、膝を折ってしゃがみ込む。雨宿りのついでに食事にありつこうという魂胆でもって私にまとわり付く蚊を払っていると、先程から一定の間隔を置いて聞こえてくる「ガトン」という音に気が付いた。
見回すと、目の前の駐車場の薄暗い地面に動きがある。既に水で覆われ水面といった体の駐車場、その中程に、ほら、また白い泡が膨れ上がり、黒い円盤を押し上げ、平静になったと思うとまた五センチほど吹き上がる。その度に落ちる円盤がガトン、と鈍い音を立てている。
どうやら下水が溢れ、マンホールの蓋を押し上げているようだ。
しかし、それも水が完全に地面を覆うと動きをなくし、不気味に大きな雨粒が水面に作る飛末のうす白さだけが視界を埋めた。


取り敢えず、暫くは止む気配が無さそうな雨から目を逸らし、私は当面の問題に頭を巡らせた。先程まで私を悩ませていた空腹は、カバンに常備していたカロリーメイトをトタン屋根の下で口に入れたので当面は解決である。喉の渇きも、この屋根の下に据え付けられた販売機で買ったミルクティーが癒してくれた。となると次なる問題は尿意である。自転車で走る最中は気にならなかったのだが、生濡れた服で立ち尽くしている今、膀胱には鈍痛が響き始めている。
透明なガラスでこちらがわと仕切られた市役所内部は薄暗く、警備員室はすぐそこにあるにも拘らず、今私が立ち尽くすこの玄関口とは別世界のような安心感でもって佇んでいた。警備員室から洩れる黄色い蛍光灯の光がその感覚に拍車をかける。
水面ではじける雨水が作り出す霧雨が、私の頬にいらいらするようなこそばゆさを運んできて、思いきって私は自動ドアの脇に先ほど見つけておいた呼び出しブザーを鳴らした。のそっと先ほどの老人が現れ、怪訝な表情を隠さずに改めて私を眺める。やがて中と外を隔てていた透明な膜が左右に開き、私はなるべく簡潔を心掛け「すいません、お手洗いをお借りしていいですか?」と伝えた。


有り難いことに老いた警備員は快諾してくれた。
窓ガラスから見たところ内部の構造は入ってすぐ、警備員室の向かいに総務課のようなカウンターとデスクが並んでおり、夜間に部外者を通らせてくれるかどうか心配していたのだが、どうやらそれは杞憂に終わった。
老人について暗い階段を降りる。警備員室の光が丁度届かなくなった階段の踊り場、トイレの札が壁からぼんやりと突き出ているのを指して「あそこだから」と老警備員が私を先導する。
慣れた手付きでトイレのあかりをつけると、私を残して老警備員は行ってしまった。
私は気が抜けたように室内を見回す。
不況のまっただ中に建てられた公共施設に共通するひび割れた床や壁をのたくる染みによって構築された建物にしては綺麗な便所である。
仄かなピンク色で統一された室内にはアンモニア臭はなく、この部屋が建物の中心近くにあるからか、それとも半階分地下に降りたことが原因なのか、先ほどまで耳を聾せんばかりに響いていた雷のとどろきや雨が地面を駆け回る音は全く聴こえてこない。
私は少しく安心して用を足すと、手を洗うついでに雨に晒された腕や顔もすすぎ、ペーパータオルを盛大に使って濡れた部分を徹底的に拭いた。


再び外。
変わらぬ強さで雨は注ぎ、段々と建物の前を通りかかる自転車や歩行者が疎らになってきた頃、私の背後の自動ドアが突然にして開いた。
そこには一人の年老いた病人が一本の傘を手に立っている。
白地に青いストライプの入った寝巻き、足元はスリッパである。背後に鎮座するビニール張りの待ち合いベンチが、彼の佇む風景の病院っぽさに拍車を駆けている。
私は自分が雨宿りをしていたのは蕨市役所ではなく、どこかの病院の軒先だったのか、と訝った。
しかし私は自転車を停める前に建物の名称を確認し、市役所なら雨宿りの人間を邪険に追い払うことはないだろう、と判断してここを選んだのである。しかして良く見るとその顔は先程の老警備員のものであった。
彼は手に持った傘を私の目前に差し出した。
忘れ物の傘だし、どうやら多少調子がおかしいようだから、使った後は捨ててもいいので持っていけばいい、という。
そうか、もう仮眠室で就寝したいので、軒先に得体の知れぬ人物を座させたままにしておきたくないのだな、と私の中の醒めた部分が推察したが、もちろんそんなことはおくびにも出さず、丁寧な礼を述べて、私はとうとう今一度豪雨の中へ自転車を漕ぎ出した。


それは想像以上の道のりであった。
蕨市内は坂も相当数あり、決して水はけの悪い土地柄ではないと思うのだが、車道の中心から側溝に向かって傾斜のありすぎる道、また坂の下、にはまるで邪神ダゴンの住処のような濁流もしくは沼が出来上がっている。そこを自転車で通る度に車輪の半分くらいまで水面下に沈み、足は太腿まで気色の悪い泥水に完全に浸かってしまう。推進力を奪われた自転車のペダルを必死になって漕ぐその感覚に、昔、かつての恋人と乗った飯能公園の池の白鳥ボートの漕ぎ心地を思い出し、急に私は悲しくなってきた。
自転車を降りて歩いてみたが、水面下の地面はまるでずっと昔からそこは水底であったかのようにぬるぬると気色悪い感触が靴底を通して感じられ、気分が悪くなった私は仕方なく再びサドルに跨がり、先を急いだ。
フェンスから手を伸ばせば水面に触れそうな程増水した川に掛かる橋を渡り、逆流した汚水を吐き出すいくつもの下水口を通り過ぎ、ずぶぬれで入った吉野屋でブタ丼を久方ぶりに食べ、ひたすら私は家路を急いだ。この頃には私はもう電車やバス、タクシーは使わない、自転車で帰る、ということに意地になっていた(とはいえ、この濡れ鼠で交通機関を利用するのは恐らく無理だったであろうが)。


ところで、老人がくれた傘は支柱から円周方向に向かって伸びた骨が総数の半分無くなっており、はっきりいってこれは傘としての意味を成しているとは言い難い。よって前述した通り、私の体は首元以外哀れな程に床上浸水状態である。
しかし私は部屋のある大泉までそれを捨てずに持って帰ってきてしまった。
道程でこれを捨てることは老人の善意に反すると感じたからだろうか。今となっては、滝のような雨と間断なく続く雷の轟音の中走った自分の感情を推し量ることは難しい。


そうこうする内、荒川に掛かる大きな橋まで辿り着いた。橋の手前には、非常時に対応すべく消防車が赤色灯を回転させて待機している。その脇をすり抜け、もう傘は差さずに手に握り、ひたすらペダルを漕ぐ。
やがて川口市板橋区を分ける荒川のひときわ大きな水面が暗闇の中にうっすらと見えた。
やはり増水した川面にはしかし、川岸に生えた雑草の頭が覗いている。
なんだ、荒川は大した増水はしていないのだな、と思った。
しかし一瞬後、私は戦慄する。
雷鳴が閃き、辺りが一瞬だけ昼間より明るく照らし出される。
水面に顔を出すその草は只の雑草ではなく、背の高い…個体によっては私の背丈程もあるはずの、ススキの葉だったのである。
その向こうには、恐らく広葉樹であろう潅木が今にも水面下に沈もうとその先端を波に遊ばれている様が見えている。
視界が再び薄暗い闇に飲み込まれる。
轟々と音をたてる巨大な水の流れが、肌がひりひりと感じる程の恐怖を私に感じさせる。
高く設置された水道橋から滝のような水流が落ちて、渦をまく川面を一層荒々しくかき混ぜている。
何回雷が閃こうとも、もう川の方を見ることは出来なかった。
私は、対向車線から金切り声のようなクラクションを上げて走り来る車たちのヘッドライトだけに目の焦点を合わせ、ひたすら前だけを見て自転車を漕いだ。