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hellbeyond2006-02-05

 仕事の関係上B級ホラー鑑賞を一時中断していたので、禁断症状緩和のためにもと久々に観たB級ホラー『クィーン・スパイダー』。


 安いCG駆使のため息しか出ない感じかと思っのたが、これがとても良く出来た『ゾンビ』ものの変形版だったのである。というか、タイム・ポータルの登場も含め『タイム・トラベラーズ』の現代版(ミュータントを蜘蛛人間に変えたもの)だった。前半は。
 変形した多数の人間が廃墟を舞台に少数の人間を追い回すというゾンビ映画の面白さ、序盤とラストに登場する巨大蜘蛛エフェクト(巣や繭含む)の折衷を狙ったようだが、ラストにおけるそこの破綻がこの監督の限界を見せてしまった気がする。監督(『クライング・フリーマン』『ジェヴォーダンの獣』の編集者、デビッド・ウー)には怪物映画に対する思い入れはなかったと思われる。蜘蛛シーンになると途端に演出が類型的になるのだ。きっと蜘蛛シーンに関しては第二班監督にまかせっきりだったのではないか?蜘蛛が居なくなったと思って安心したら上から出てきたりといったショック描写、蜘蛛の主観カット(やっちゃったよ…)の入れ方など魂のないシーンが連続。


 ここでゾンビ映画の魅力を語っておきたい。
 ゾンビの怖さとは日常の怖さである。
 言い換えれば、隣人が襲ってくることの怖さだ。
 だから、上記ポイントに重きを置いたゾンビ映画の特殊メイクは基本的に元の役者の顔に多少の変化を加えた程度である。勢い撮る方も「特殊メイクの見せ場ですよ!」的な類型的アングルや照明、編集を(無意識的に)避けることになる。
 これにより、既視感の軽減、観客の先読み防止に効果が上がるというわけだ。
 近作も中盤まで展開してきたゾンビ映画のテイストで押し切ってくれれば「秀作」の評価を与えても良い出来だったのに、残念。


 只、近年のB級の中ではまだ良い出来。
 ラストさえ無けりゃなあ…。