ねえムーミン、こっち向いて
昨日、友人の運転する車窓から、恐ろしいものを見た。
自分、一年に一回ペースでこういった「一生引き摺る情景」を頂いている気がするのだが・・・もう思春期も遠く背後に過ぎ、その輪郭が最早ぼやけかけているというのに。
時刻は・・・午後七時を少し回っていた。
場所は、地元に程近い平塚市、住宅も点在する田圃を縫うように走る路の上。
自分と友人は小田原近くの海岸で遊泳していたのだが、午後になって山の向こうからせり上がるように湧き出した黒雲を見て早々に切り上げ、一路目的の焼肉屋を目指していた。
降り出した雨は間断なく路面に跳ね返り、フロントガラスに落ちるうっとうしいほどの雨粒が、街灯が少なくて只でさえ判然としない景色を歪ませていた。
やがて、眉根を寄せて前を注視していた友人が「アレ・・・何だ?」と声を発した。
20メートルほど先の夜道、ヘッドライトの中に女性が浮かび上がっていた。路の真ん中で携帯電話を掛けている。
すぐ様子がおかしいことに気付いた。傘をさしていないのだ。路端には既に小川が出来始めるほど降っているというのに。
近付く光景。私の胸中にズキン、と重い不安が刺さる。
女性の足元に、白い塊が落ちている。ずいぶん大きいので犬だろうか。
見ないほうがいい。そう思ったが、どうしても目を外せない。友人も押し黙って凝視している。
更に近付く。その光景がはっきりと認められた時点で自分は決定的に後悔した。友人の口から「おいおい」と声が洩れる。
倒れているのは、頭の薄くなり始めた中年の男性だった。
直立姿勢でうつぶせに倒れ、ピクリとも動かない。
そのYシャツの背中に、容赦なく雨粒が降り注いでいる。
付近の車から続々と人が降りてきている。
一人の女性が傘を持って車を降り、女性のもとに向かうのが見えた。
あるいは顔が上になっていたなら、こんなに印象に残ることも無かったのだろうか。
路面に接地してこちらからは伺えなかったその顔は、少し想像してみるだけで幾らでも恐ろしい状態に形を変える。
・・・昨日は疲れていたせいか、寝る前、あの暗がりの中にぼうっと倒れていた男性のことを思い出すようなことは無かった。
今晩はどうだろうか。今、私は昼のうちに十分な身体的休息を取ってしまったことを、後悔している。