黒い窓と白い顔

hellbeyond2009-03-26

 等間隔に続く黒い正方形。上下にも、左右にも。きっと巷に工場製品が溢れ出した頃だからこそのそういったデザイン。
 今日も、あの窓に目をやってしまった。
 瀟洒な公園を背後に聳えさせる、普段の自分ならけして近づかないだろうレストランに通うようになってから、もう二週間ばかりが経つ。数えてみればこの道を通った回数も片手では足りないはずであって、景色として別段珍しくもないこの廃団地にどうしてこうも気が行ってしまうのだろう。
 住宅街と高速の高架にそれぞれ東西を囲まれて、その三棟の団地はひっそりと立っている。廃墟特有の落書きが少ないのは、土地柄もあろうか。高速道路から漏れ来る明かりを遠く受け、白い壁は闇に溶け込むまいと必死に背を伸ばしているようにも見える。
 残された看板を見る限り、住んでいたのは港湾関係者とその家族のようである。
 もっとずっと洒落た、あたたかみのある社宅が出来たのだろう。
 そしてここでの生活は、引っ越していった多くの住人とってきっと「あの頃は大変だったね・・・」と思い返す類の記憶となっているだろう。
 しかし、きっと団地は思っている。
 「わたしは、今でも、ここにいるよ」と。
 今日、とある式の会場を件のレストランに決めた。それは今年の秋までの間、幾度となくこの道を辿るということだ。
 こうして見ていれば、いつかの記憶が、あの窓から顔を覗かせるかもしれない。


 今日も、黒い四角は黒いまま、視界から消えた。